「依頼主、おっせーな・・・仲間なんだから時間くらい守れっつーの。おかげで依頼キャンセルでこっちに来たってんだ。」
「リネット、落ち着いてよ。」
早朝・・・まだ太陽も完全に昇りきらない時間に黒いハーピーと蒼いロングヘアーの銃使いがじっと待っている・・・どちらも16〜18くらいの女性だ。
8mくらいはある倉庫の屋根の上が待ち合わせ場所。魔物共存派のナーウィシア自治領でしかも人通りが少ないとは言え、長居すると目立つ。
「クリスだってやだろ?こんなん・・・」
「まぁね。でも相手だって都合もあるじゃん。だからしゃーないと・・・お、きたみたい。」
ハーピーが立てる、軽快な羽音を聞いてクリスは依頼主が到着したことを感じる・・・依頼主も黒い翼のブラックハーピーと呼ばれる種族、ロングヘアーに赤い瞳だ。
「リコルヌ・・・だっけ?依頼主の。」
「そのとおりだ。」
「・・・リネットさ。」
リコルヌの様子を見て、クリスがリネットへと耳打ちする・・・いったい何かと思い、リネットは耳を傾ける。
「ブラックハーピーって、こんなんばっか?」
「何だよ、突然・・・」
「いやさ、まっとうに女性っぽく話すよーな奴いないの?いつもこんな口調ばっかりの人しかあってないし。」
「いねーよ、そんなんこっちじゃ稀だ。」
そうとクリスが納得すると、改めてお辞儀する・・・リコルヌも丁寧に礼を返すとリネットがなれなれしく羽で肩をたたく。
「珍しいんじゃね?武人のあんたがわざわざ刺客に頼むか?」
「まっとうな方法ではどうしようもない依頼だ。それで信用できるのは・・・リネットが好きなお前くらいしかいない。」
「好きって・・・いや、まぁね?否定しないけど。」
クリスがしどろもどろに答える・・・過去に一度クリスが依頼達成後、正面衝突して謝るまもなく逃げ帰ってしまったことがあった。
それから集団で家に押しかけてきたブラックハーピーの集団に事情を話して謝ったがリネットがクリスを気に入ったので探したらしく、それからいついてしまっている。
「な、何だよ!」
「何あわててるのさ?友達って意味でだけど?」
「まったく・・・さて、依頼だ。」
依頼と聞き、2人は真剣な表情になる・・・リコルヌはメモを渡すと、それから状況などを説明していく。
「依頼は捕虜の奪還。客船にとらわれている同族を助けてほしい・・・もっとも客船は表向き、裏では密輸船だ。勝手に捕まえた船長もついでに暗殺して欲しい。」
「密輸?どこに何を?」
「隣の大陸・・・魔物反対派や正教会が権力を握る大陸だ。質のいい武器は戦争をやっている大陸に数多くある。帰り際に民間では手に入らない資源や劇薬の類を輸入している。」
「何でつかまったの?」
「知らないが、民間客船と間違えて止まったら・・・というところじゃないか?」
あぁそうとクリスがうなずく。なら普通にハーピーの群れで襲い掛かって撃沈すればいい話だとも思ったが。
「撃沈しねーのかよ。仲間だけ救って。」
「連中はナーウィシア自治領の旗を掲げている・・・そこが難点だ。シェングラスに魔物討伐・・・私たちの同族を徹底的に潰す好機を作りかねない。」
「え?」
「表向きでは自治領の領主は魔物に対し宥和政策を採っている・・・その自治領の船を襲撃したら「凶暴で手がつけられない」ということで討伐対象になりかねない。ナーウィシア解放軍の戦力が弱い今、事を荒立てたくはない。」
解放軍が自治領すべてに協力体制を敷きシェングラスに戦争を吹っかければその討伐命令も何の効力も持たない。解放軍にかくまってもらえばいい。
だが、今の勢力でシェングラス正規軍と戦争をすればナーウィシア解放軍は敗れ去る可能性は高く、その余波で自治領の領主も挿げ替えられる・・・あるいは取り潰される可能性も高い。
「ま、だから刺客向きの依頼ってわけね。それで信頼できて腕の立つ奴を探せば・・・けどクラウスとかどーよ。私の兄貴。」
「奴は別の依頼ですでにいなかった。頼む・・・何とかできないか。」
「報酬に連中の密輸品を奪っていいというならこの任務、引き受けるよ。」
刺客は時々あるだけのものを奪っていくこともある。あらかじめ依頼主から了承を得ておけば、不都合にならない限り金品を奪っていく刺客も多い。
むしろそうすることで強盗と区別をつけにくくしている・・・というのもある。金目当ての強盗ならこの乱世、数多くいる。報酬も追加になって一石二鳥・・・だが、足取りがつく可能性もあるのでその点リスクは大きくなるが。
「かまわない。むしろそうしてくれたほうが解放軍の仕業と見られずにすむ。」
「じゃ、なんとかしてやんよ?」
助かるといいリコルヌは飛び立っていく・・・残されたクリスとリネットは目標の帆船を見つける・・・確かに乗っている人物は高貴な服で飾っている人や一般人風の人物がいて見た感じ客船の体裁をとっている。
が、運んでいる荷物を見てリネットはうなずく。あれは大量の武器だ。木箱に質のいい剣や槍などを詰め込んでいる。クリスが覗いた筒には箱の中身がはっきりと見えているようだ。
「やっぱり密輸船ね。こいつ。このスコープも結構役立つじゃない。」
「何だそれ・・・また無駄遣いしてんのか!?」
「スルースコープってこの前買ったんだけどさ、依頼で必要よ、これ。ステルスケープも無効化できるし壁越しに罠の類も見られる。それで・・・」
「てめぇ、覗きとかにそれを・・・」
「あぁ無理。生命体とかがまとっている服は透過できないの。あくまでも依頼の下見用・・・あんたも見る?」
クリスに渡され、リコルヌは興味ありげに覗いてみる・・・なるほど、船内の部屋の様子などもくまなくわかる。
そこに異国の人物がいて、金貨などを交換している。わざわざこの密輸船に乗り込んできたようだ。
「お、これちゃんと見えっけど・・・何だ?もやかかってんぞ?」
リネットが羽先でスコープをつかんで覗くと、もやのかかっている部分がある・・・妨害用の術と見て間違いない。
が・・・そこに一瞬だけ羽が移りこむ。何か激しく羽ばたいている・・・あの部屋にハーピーの同族がいるらしい。彼女たちの捕虜だろう。
が、そのもやのかかった部屋から出てくる船員を見てリネットは手を振るわせるとスコープをクリスに戻す。
「・・・連中、皆殺しでいいか?」
「当たり前。ああいうことしてるとね・・・」
無理やり監禁して欲望のはけ口にするなど、誰でも考えそうなことではある・・・リネットは怒りに羽先を握り締め、じっと耐えている。
クリスもその気持ちはわかるのか、銃弾を装填して銃を握り締める。どうせ後で皆殺しにする予定だ。
「どうすんだ?」
「白昼堂々空襲の後で撤収。これでしょ。あの船、夕方に出港するし・・・見られるリスクはケープつきで飛んで何とか。」
「あれ、やりにくいんだぞ・・・」
ステルスケープをつけて飛ぶのはかなり難しいとリネットが愚痴る。無論羽を動かす邪魔というのもあるが、風を感じにくいため制御もしずらいのだ。
だからリネットはあまり使うことのない手段であり、クリスもその危険性は承知している・・・訓練のときは互いに骨折してしまうほどの重傷を負う失敗もした。
「・・・けどま、同族のためだ。多少の無茶くらいしてやっか。」
「それでこそリネット。じゃあ、好機をうかがおう?」
とりあえず船員などが乗り込んだところで全員を一網打尽にしてしまおうと2人は考え、クリスはスコープ片手に待ち続ける。
「まだやってるのか・・・」
一方、密輸船船内・・・槍を持ってハーピー達が逃げ出さないように見張っている人物がいた。
「ルナール、ちゃんと見張っとけよ!」
「ああ。」
彼はルナール・・・薄い紫色の髪に黒い瞳の青年だ。傭兵として臨時に雇われ警備をしているが・・・こんな依頼だったら逃げ帰ればよかったと内心思ってしまう。
明らかにまっとうではない状況だ。依頼主も「部屋の警備」としか言わないから傭兵として腕前は並程度の彼はすぐに乗ってきて、この有様だ。
シェングラス出身だが自治領と国境を接した町にあり、魔物とかそういうのには慣れ親しんでいる。だからこそ無理やりに犯されるハーピーとかの声を聞いて悲しくなってしまう。
無論シェングラスの船員や異国の船員はなんとも思っていない。これが当然という程度にしか。
「どうしろっていうんだろうな・・・」
悲しげに泣いているのはおそらく普通のハーピーの少女だろう。年齢は15歳程度だったか・・・それを励ましているのがブラックハーピーで18歳くらい、口調の違いですぐにわかる。
「やってられないな、まったく・・・」
「おい、逃げてねぇよな?」
「ああ。大丈夫だ。」
体つきのいい、いかつい船員を前にルナールは緊張してしまうが・・・何事もなく戻っていったのを見て一息つく。どうやら彼女たちに危害は加えられそうにない。
「・・・はぁ。」
「ぼさっとため息くらいついてるなら助けたらどうなんだい、この鈍間!」
見張りのルナールにブラックハーピー・・・確か名前はリノとかいったが、彼女が怒鳴りつける。
「・・・もういいよ、私たち。こういう場所でずーっとこんな生活だから。」
あきらめ口調で話すのはアンジュ・・・こちらは普通のハーピーだが、さすがに無理やり犯されているためか陽気な性質ではなく、精神的にボロボロだ。
薄い壁のため話し声はルナールにもしっかりと聞こえてくる・・・何かできることはないかと思うと、船員が食事を運んでくる。
「ほら、食事だ。」
渡されたのはリンゴ2個・・・ルナールはため息をついてリンゴをかじろうとしたが、ハーピー2人が何も食べていないことを思い返す。
「・・・」
このまま何もしないわけにはいかない。別に食事程度なら何とかなるだろうと思いルナールは部屋に入る。
「お前・・・!」
「いや、誤解だ・・・食事を届けにきた。」
リノが警戒心をあらわにするが、アンジュはそのままくらいつく・・・見たところ、鎖で脚を拘束されているだけだ。
だから羽は自由に使えるが・・・鎖を切断する器具でもない限り脱出はできなさそうだ。無論というべきか服装の類は一切ない。
「・・・悪い、これくらいしか今はできないんだ。」
「毒は入っていないのか。それを証明しろ。」
「実は・・・本来は俺に渡された食事だ。連中も待遇が悪くてな。あぁ・・・半分に切ってみるか?」
「いらん。お前と半分分けられたのを食べるくらいなら全部もらう。」
リノがリンゴを取り、かぶりつき始める・・・ルナールはふぅと一息ついて2人の様子を見ている。
「・・・あの、ちょっと・・・見られてるとなぁ・・・」
「あ・・・」
特に意識はしていないが、2人とも何も着せられていない・・・アンジュにいわれてすぐにそれに気づくとルナールは顔を背ける。
「お前は傭兵か。それもまだ未熟な連中。」
「ああ・・・」
リノにたずねられ、ルナールは後ろを向いたまま答える。普通の傭兵なら護衛対象とかに特別な感情を抱かず、ただ淡々と守っているだけだ。
「出身はナーウィシアか?」
「シェングラスだ・・・自治領には近いけど。」
「珍しいな、自治領以外で私達と接することができる連中は。」
完全に道具程度にしかシェングラスの人たちは見ていない・・・ルナールも幼いころからその実態はいやというほど見せられてきた。
だが・・・それだからこそ見えるものもあった。人と同じような感情を抱いて同じように生きている。外見や習性の違いだけで何故そこまでできるのかがわからなかった。
「どうしてやりはじめたの?こんな仕事・・・やるにはやさしすぎると思うけど。」
アンジュが何気ない疑問を口にすると、ルナールはちょっと恥ずかしそうに答える。
「伝説の傭兵にあこがれた・・・わけだ。200年位前にいたあいつに。」
「シルフィ・・・ね。200年前に存在し、ウィングルア最大の傭兵部隊「ルフトゲヴェーア」をただ1人で作り上げた。」
彼女1人で1万程度の軍勢を軽く葬ったとか、戦場に立つだけで敵兵が逃げ惑ったとか伝説に近い武勇伝を持つ傭兵だ。
現在のウィングルア最大の傭兵部隊「ルフトゲヴェーア」を設立し、崇拝者も数多くいるという。種族問わず多種多様な人材を集めるのが設立時から変わっていないルールだ。
「俺も、そこを目指してる。だから仕事とかやって強くなりたくて・・・」
「何故お前は命を懸ける。こんな仕事だ、命をかけたいと思う仕事でもあるまい。」
リノに言われ、ルナールが黙ってしまう・・・こんな仕事を望んでいたわけではない。前線に出て戦いや賞金首討伐などをやりたいのだがそんな仕事はなかなか回ってくるわけもない。
結局、軽い依頼を受けるしかなく、報酬がほかの依頼よりも割高だと思えばこんな仕事しかなかった。
「それは・・・けど、こっちも生活とかいろいろ・・・」
「伝説の傭兵はこういうことも行っていたぞ。「自らに忠を尽くせ、剣は自らのために振るえ」ってな。」
有名すぎて誰もが知っているシルフィの自伝の一節であり口癖・・・ルナールにその言葉が今まで聞いたよりも深く突き刺さる。
今の自分は何だ、シルフィの言葉すら実践できていない。まったく何もできていないのではないだろうか。
「・・・ま、わざわざこうしてるお前だ。考えてみればいい。」
「・・・」
黙ってルナールは部屋から出て行く。思うことはいくらでもあるし、できることなら早く助け出してやりたいという気分も同じだ。
そうなればどうするべきか。当分船員たちは来ないだろうからそれなりの道具などを探すために船内を捜索する。
「いいんですか、オルゲルさん。」
船長室・・・そこで話し合っているのは異国の使者と船長のオルゲルだ。シェングラス領内にあるイーゲル家の紋章をつけた服を着込んでいる。この密輸船を仕切っているらしい。
「かまわん・・・ヴィッテン家とはこれからも深い親交を保ちたいものでな。」
「ですなぁ。輸出禁止のかかっている武器はこちらではかなりの高値で売れますので。ウィングルアの製品は質がいいと・・・産地偽装まで起きるくらいで。」
「別に俺は悪いことをしているとは思わんな。ただ原料を仕入れて武器を買う・・・それだけのことだ。副業のあれは少々まずいが、やめられん商売でな。」
ワイングラスの用途を知らないのか、オルゲルは大量のウォッカを注ぎ一気に飲み干してしまう。
「まぁ、アレも私たちには大助かりで。」
「こっちでは作っても何も罪に問われないからな。まぁ、せいぜい売りさばいてくれよ。」
「了解。」
ヴィッテン家の売人が怪しげな笑みを浮かべ、ワインを注いで乾杯する。
「そうはいうが、何かないのか・・・」
船倉にルナールがこっそりと忍び込み、そこら辺にある木箱の中身などを空けて何かないかと探す。
自分が使っている使い古しのスチールランスでは鎖の切断は不可能。術にもそれだけの威力はない。
「・・・ウィングルア製の槍?」
そんな木箱を見つけ、ルナールは槍を差し込んで木箱を無理やりに開く・・・そこに入っていたのは正規軍で使うような鋭い槍だ。
鍛冶精錬の多いイーゲル家領内で製作された物。自分が中古屋で買った槍なんかより数段頑丈だが、これ1本で今回の報酬は軽く吹き飛びそうだ。
「どうせ密輸品なら、俺が奪っても問題ないだろうな・・・」
そっと摩り替えておき、自分の槍は一番底にしまいこんでおく。だがこれでは鎖の切断は難しい。
2本くらい持ち出してもいいがそれだとばれてしまいそうだ。そうなると別の道具を持っていくべきだろう。
「こっちは剣、こっちはナイフ・・・」
武器の箱を次々にルナールが見ていくが目当ての物はなさそうだ。が、とりあえず外に出ると戦いもあるだろうからナイフ2本だけは奪っておいてポケットにしまう。
ほかにあるのは鎮痛剤や爆薬など危なっかしいものばかり。なかなか目当てのものはない。
「これはいけるか・・・?」
正規軍用の斧なら何とかなりそうだ。それなりに重いから鎖も断ち切れるだろうと思いルナールはそれをつかみとる。
階段を上がって急いで2人の元へと駆け寄ると、部屋に船員が入り込んでいく・・・これからあの2人を襲うつもりだろう。
「まずい・・・!」
とっさにルナールは槍を構え、背後から船員に殴りかかる・・・殴りつけられた船員は頭を抑えながらも、ルナールへと振り向く。
「貴様・・・裏切りか!」
「あ・・・・あぁ!」
体格のいい船員が軍用サーベルを引き抜き、ルナールは恐怖心を抱きつつも槍を構えなおす。
が、いきなりリノが横から船員の顔面を蹴り飛ばす・・・不意打ちを食らった船員に対し、すかさずリノがサーベルを突き刺し止めを刺す。
「甘いな。不意打ちなら止めを刺しておけ。さもなければ自分に降りかかるぞ。」
「あ・・・あぁ、すまない。」
申し訳なさそうにルナールがしていると、リノは斧をルナールから奪いそのまま鎖を叩き割る。
それから棚にしまわれていた服をすぐに着用すると、アンジュに服を渡す。
「早くしろ。逃げるぞ。」
リノが続いてアンジュを拘束していた鎖も切断すると、すぐにアンジュが服を着替えナイフをルナールから受け取る。
この部屋に窓はない。脱走するには甲板に出て行くしかなさそうだ。
「ルナール、ありがとね?」
「べ、別にいいって・・・行くぞ?」
アンジュからお礼を言われルナールが照れてしまうが、リノが無理やり引っ張っていく。久しぶりに開放されて暴れたりないといった様子だ。
「さっさと行くぞ!」
「ちょっと待て!突っ込んだら・・・」
無理に引っ張っていくリノが扉を開けると、運悪く船員の待機室へと出てしまう・・・屈強そうな人物が何人もいて、ちょうどカードゲームの途中のようだ。
いっせいに「やらないか」とでも言ったような幻聴がルナールに聞こえたが・・・どうやら何をするかといえば戦闘らしく、いっせいにサーベルを抜いてくる。
「おいちょっと待て・・・」
「お前達にはかなりストレスがたまっている・・・待っていろ。」
先ほど船員から奪ったサーベルをもってリノが突撃、仕方ないなと思いルナールはアンジュに向かって来る敵を迎撃していく。
アンジュはあまり戦えそうにない・・・とルナールが思っていると、いきなり正面に羽の形をした氷の刃が飛ばされ船員を貫く。
「さっきまで精神的に参ってたから無理だったけど、今ならいける!」
「お、おい・・・あぁもう!」
何か吹っ切れたようにルナールは槍を振り回し、船員を次々になぎ払う・・・狭い室内で槍を振り回していれば行動範囲は限定される。
あたらなくていい。そこにリノが突撃して切り裂くかアンジュが術で支援してくれるから。
「ごめんください。」
「おう、次の酒が来た・・・!?」
オルゲルが目を見開いて驚いてしまう・・・まぁ、見慣れない銃使いとブラックハーピーが武装していれば当然だが。
「な・・・なな何だ貴様ら!汚らわしい魔物をつれて入るな!」
「へー、隣の大陸にあるヴィッテン家にシェングラスのイーゲル家・・・そうそうたる顔ぶれね。どーも最近動いてると思えば・・・」
ヴィッテン家の使者が驚いた様子でいるが、リネットが剣を構えてクリスに耳打ちする。
「あいつ、とっとと殺したいんだけどなぁ・・・」
「ほうっとけば?まぁこいつはナーウィシア解放軍に引き渡して賞金をいただいてもいいし・・・」
クリスがそれをたしなめ、銃をオルゲルへと向ける。その瞳は完全に笑っているわけでもなく、真剣そのものだ。
「ハーピーとかどこへやった?それだけ教えれば・・・ね。」
「ふん・・・暗殺が依頼だろう。言っても言わなくても死ぬなら・・・」
オルゲルはすばやく短刀を自分の胸元に突き刺す・・・死を覚悟しての自殺というところだろうか。
血がにじみ出て、オルゲルは窓の方へと後ずさりする。
「俺は・・・・自分から、死を選ぶぜ・・・・」
窓を突き破り、オルゲルが海へと落下する・・・リネットも追いかけようとしたが、すでに姿は見えなくなっている。
残されたヴィッテン家の使者は立ちすくんだまま、護身用の剣を引き抜いて構える・・・だがクリスは銃を構えたまま笑みを浮かべる。
「こいつに聞く?」
「ち、近寄るな!近寄ったら・・・」
使者が剣を構えるが、クリスはこともなげに銃剣を振り上げ剣を払い、銃剣を喉元へと突きつける。
「どうする?」
「利用価値はありそうじゃね?まぁ仲間の居場所はこいつに聞くか。」
了解とクリスがうなずく・・・それに対し、使者はおびえた様子で壁を背にした状態だ。
「だ、大体貴様!人間の癖に何故魔物などと!」
「さーてね?あんたらが嫌だから組んでるってのがあるわけで。さて、ここに何でハーピーがいる理由とかいろいろ聞かないとね。」
「く・・・」
「言わないんだ。リネット、やっちゃって?場合によっては片腕切っちゃってもいいから。」
こともなげにクリスが言うと、使者はあわてた様子で泣き喚き懇願する。
「た、頼むから何もしないでくれ!何でも話す!」
「だったら早く言いな。まず同族をどうして捕まえたのか、どこに監禁したのか。」
「艦尾方面だ・・・だ、だいたいあいつらが悪いんだ!マストの上に止まっていたから・・・」
おそらく外地からの帰りで、ナーウィシア自治領の船と見てそこで羽休めをしていたのだろう・・・だが密輸船だったため不意を打たれて捕まったということか。
「それだけか・・・」
「当たり前だ!汚らわしい魔物風情が我がヴィッテンの船に止まるなど吐き気がする!だから捕まえて慰み者・・・ぐはっ!?」
リネットが強烈な蹴りを入れて気絶させる・・・その目には怒りがこもっている。
「てめぇを殺すのはこっちの役目じゃねぇんだ。リノと同族に八つ裂きにされな。」
「そういうわけ。まぁ、リノが生かしておくとは思えないけど・・・」
「こんなもん、か?」
「そだね〜。」
「・・・ふぅ。」
今までのストレス発散もかねてリノとアンジュはかなり暴れまわっていた様子でもあった・・・ルナールはようやく一息つく。
この調子だと、傭兵でも仕事を放棄した裏切り者とみなされるかもしれない・・・無論そんなことを証言する人物は誰もいないが。
「ありがと、ルナール。」
「んー・・・何というか、ただ当然のことをしただけなんだけどな。いやさ、そうやって襲われてるのってどうかと思うしな。」
多少照れたようにルナールが答えるが、リノはちょっと不機嫌な顔をしている。というより不満か。
「だからって依頼主裏切ってまでこっちにつく・・・ふざけたとしかいえないな、あんたは。」
「・・・あぁ、でもさ。」
「だから。」
リノが振り向くと、いきなりルナールに抱きついて頬に口付けをする。
「!?」
「見守ってやる。ずっと近くでな。」
「あー、リノってばずるい!目をつけてたの私だよ!」
逆サイドからアンジュも抱きついて口付けをする・・・いきなり両手に花状態のルナールは混乱するばかりだ。
「せっかくお持ち帰りと思ったのに!」
「お持ち帰り・・・?」
「何を言う。私が・・・いやまて、仲良く分け合うか?種族はちょっと違うが悪くないだろう?」
「あ、さんせー。」
いったい何の話かわからないで戸惑っている間にリノとアンジュは勝手に話を進めている・・・そして、互いに笑顔で振り向く。
「ルナール、家に帰ろうか?かえってベッドインでお楽しみ。」
「帰ったらたっぷりと狩らせて貰う、楽しみに待って居ろよ。」
冷や汗を流しながらルナールは後ずさりするが、もう逃げられそうにない。半分くらいうれしさも混じっているが・・・さすがにこれは怖い。
というより、持つかどうかすらもわからない。どっちかとの行為中に持たなくなったら、ただ事ではすまないだろう。
「・・・追ってこないか。詰めが甘いぞ。」
オルゲルが密輸船から少し離れた海面から顔を出す・・・ナイフを引き抜き、服の裏から地が入った袋を取り出す。
これを突き刺し、死んだように見せかけたらしい・・・クリス達が狙ってこないのを見て、オルゲルはまぁいいかと微笑する。
「この件は忘れたほうが身のためだな・・・さて、数ヶ月潜伏してから次の商売に鞍替えするか。」
記憶から忘れ去った後でまた何かするつもりだ・・・オルゲルはほくそえむと、海に潜りそのまま逃亡する。
「ま、あんな感じでいいか・・・」
リノとアンジュが傭兵をつかんで飛び去っていくのを見て、何のために潜入したのかなとため息をつきつつクリスはリネットと一緒に甲板に出る。
下の倉庫から武器などが入った密輸品を甲板に出している・・・クリスがこれを運んで売れば結構儲かりそうだといったためだ。
「密輸品の一部も運べってか?」
「これ、解放軍に売りさばいたらかなり売れそうだし。ってわけで頑張って?」
「ちょっと待てや!てめぇ・・・」
片脚でクリスをつかみ、片脚でロープをつかむリネットはかなり苦しい状況だ・・・しかもクリスは密輸品の箱を抱えている。
「こんなことならあれ買って来いよ!鯨の胃袋とか言うあのバッグ!」
「あ、元はといえば昨日買ってこなかったのリネットじゃん!」
「あ・・・」
ようやく自分の犯したミスにリネットが気づく。これだけの荷物を運ぶのは一苦労だが仲間を呼べば分け前をよこせとか言われて自分達の手元に残るのはわずかだ。
まぁ、その気になれば人4人は運べると思い直したリネットは、必死に羽ばたいて運んでいく。
「依頼成功か・・・にしてもその荷物は何だ。」
「リコルヌ、ちょっと手伝えよ!」
「報酬をタダにするなら考えるがな。」
リネットは思わず首を振る・・・そんなのは勘弁願いたいといった様子だ。報酬は無論生活費にも当てられている。
それでも2人分では結構ぎりぎりなところだ・・・ましてやこの2人は互いに好きなのだからなおさら。
「あーもう!運んでやるよ!」
半ばやけを起こしてリネットは重い密輸品とクリスをつかんでいるとは思えないスピードで家まで直行する。
「・・・こうあって欲しいがな。人と私達は。」
意味ありげに笑い、リコルヌも自分の巣へと戻っていく。
おまけ 解放軍陣営にて〜本編数日後〜
「・・・やはりそういう事情が・・・失礼。」
「どこぞの傭兵がうまく動いたおかげで密輸船は捕獲成功。密輸品はそのまま我が軍の武器に使わせてもらった。まぁ、連中は解放軍だと言い張るだろうがこっちには生き証人がいる。」
ナーウィシア自治領・・・それも解放軍の本営があるエンフィス領。その民家の地下室で話し合っている人物がいる。
1人はヒスイの髪の毛・・・今ではナーウィシア解放軍の軍事指揮官を務めるレクシス、もう片方はハーピーだがこちらも見慣れない紋章をつけている。
「ナーウィシア解放軍が密輸まがいのことをして人間至上主義者たちと組んでいる、と思ったらやっぱりシェングラスとヴィッテンのつながりだったのね。」
「そうだな・・・まぁ、何の戦力も期待してはいないが。ヴィッテンの使者は臆病だったらしくすぐに吐いた。首謀者は行方不明だがいずれ捕まる。」
「お願いね・・・貴方達には健在であって欲しいもの。」
「無論だ。シェングラスの駆逐とまではいかなくともナーウィシア復興は当面の目標。まぁ、そのために海を隔てているとは言え隣国と仲良くしなければな。」
冷静にレクシスがうなずくと、使者であるハーピーは笑みを見せてうなずく。
「とりあえず安心。ナーウィシア解放軍まで敵だったら、全部敵だらけだもの。」
「こちらとしても友好的な領主はいるに越したことは無い。ナーウィシアが復興したら真っ先に友好条約でも結んでおこう。無論極秘にだが。」
「ええ、お願い。」
レクシスは待っていろ、と短くつぶやくとハーピーの方は天窓を開けて出て行く。何かと交渉にはレクシスが担当することも多くなり、結構多忙な状態だ。
「終わったですか?」
「終わりだ。」
シージュが扉を開けて入ってくる・・・相変わらず緑色のローブを着用しているが、上から何かを着ると暑いのと、触手に邪魔になるのでこの服装のままだ。
「とりあえず、フリスアリスとはいい感じにいけそうだ。後は・・・ジョンレインとかいったか。あいつらとも一応打ち合わせはしておく。」
「感謝です。じゃあ帰りに何か食べて帰るですか?」
「そうだな・・・苦手ではあるがつきあってやるか。」
堅苦しい打ち合わせを終えて、レクシスは普段どおりの様子でシージュとともに地下室を抜けていく。